大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)54号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕原判決が被控訴人の請求を全部認容し控訴人に対し売買代金残額四四〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三九年九月三日から支払の済むまで年六分の割合による遅延損害金の支払を命じ、かつこれにつき無担保仮執行宣言を付したことは、当裁判所において職務上顕著であるところ、昭和四二年四月三日控訴人が被控訴人に対し右元本および同日までの遅延損害金全額五〇八、二〇〇円の弁済をなしたことは当事者間に争いがない。
そこで右弁済の経緯につき審究することとする。<証拠>によれば、昭和四二年二月六日和歌山地方裁判所は被控訴人の申立により原判決に基く仮執行として控訴人所有にかかる第一幸雄丸(四、九三トン)に対し強制競売開始決定をなし(同庁同年(ヌ)第四号事件)、右船舶を和歌山市和歌浦港に碇泊させるよう命じたこと、<証拠>によれば、同年二月一五日当裁判所は、民訴法五一二条に基き控訴人をして保証として二〇〇、〇〇〇円を供託させたうえ右強制執行の停止決定をなしたこと、<証拠>によれば同年三月三日和歌山地方裁判所は右船舶につき北浦茂を監守人として監守保存決定をなしたことがいずれも認められ、また本件記録によれば、同年三月二二日控訴人は当庁に前記強制執行の取消決定を申立て、右申立書中で前記監守保存決定が当庁の強制執行停止決定を潜脱して強制執行を続行する効果をもたらす違法の決定たること等を主張したが、同月二四日右申立を取下げたことが認められる。また弁論の全趣旨によれば差押にかかる船舶は下津において監守人の占有に帰したことが窺われ、したがつて当時右船舶につき碇泊命令違反の事実が存在したことおよび右監守保存決定は爾後の碇泊命令違反を防止し、既になした執行処分の効果を確保するための措置であつたことが推認されるのであり、また右船舶の強制執行につき競売期日が指定された形跡はなく、成立に争いのない乙第一六号証によれば、前記五〇八、二〇〇円の弁済の領収証は当事者双方の代理人である弁護士が関与して作成したものでありながら特段の留保文言のない領収証であることが認められ、右弁済に際し執行機関の関与および執行正本の交付等がなされたことならびに右弁済後に訴または控訴の取下等本件訴訟を終了させるための手続がなされたことを認めるに足る証左はなく、当事者双方とも右弁済後も本件訴訟を追行し、控訴人の昭和四三年七月二日付準備書面および同日付控訴趣旨変更申立書により、初めて前記弁済の事実が、弁済の抗弁としてではなく、民訴法一九八条二項の申立の前提として主張された(このことは本件訴訟の経過に徴し明らかである)。右のとおり認めることができ、他に前記弁済の経緯を明らかにすべき証拠は存在しない。
ところで被告に対し金員の支払を命ずる仮執行宣言付第一審判決があり、その控訴審において控訴人(被告)が右判決主文掲記の金員全部を支払い、かつ弁済の抗弁を提出したときは、原判決を取消し被控訴人の請求を棄却すべきであり、その際弁済の抗弁の提出がなくとも被控訴人が右弁済の事実を自認したときは、原判決を取消し被控訴人の訴を却下すべき筋合であるが、第一審判決主文掲記の被控訴人の請求権の満足が第一審判決の仮執行の宣言に基く給付による場合(民訴法一九八条二項、これには仮執行そのものによる場合のほか、民訴法五三三条、執行官手続規則一三条による場合その他被控訴人が仮執行を利用して控訴人に弁済を強制したことが明らかな場合を含むものと解するのが相当である、最高裁判所第二小法廷昭和三四年二月二〇日言渡判決民集一三巻二号二〇九頁の事案参照)には、右給付を度外視して本案の請求権の存否につき判断すべきであるとともに、もし右判断において被控訴人主張の請求権が不存在であるとの結論に到達した場合には、原判決を取消し被控訴人の請求を棄却すると同時に、控訴人を救済するための簡易で例外的な方法として、その申立に基き(この申立においては被控訴人の主観的責任原因に関する主張立証は不要であり、また控訴審における反訴提起についての同意に類する被控訴人の同意も不要である)仮執行の宣言に基く給付の返還および損害の賠償を命ずることとなるわけである。
ところでこれを本件についてみるに、昭和四二年四月三日の前記弁済が本訴請求債権全額の弁済であることについては争いがないが、しかし、前記事実関係に鑑みるに、右弁済は、もとより仮執行そのものによるのではなく、執行官の催告に応じてなされたのでもなく、また被控訴人が仮執行を利用して控訴人に弁済を強制したことが明らかな場合であるとも断定できない。してみると、一方において被控訴人の本訴請求は、控訴人に対する給付請求権の現存を主張せず、かえつてその消滅を自認しているので、訴の利益を欠くものというべきであつて、右請求を全部認容した原判決を取消し、被控訴人の訴を却下すべきであり、他方控訴人の民訴法一九八条二項の申立は、前記弁済が右条項の適用を受ける弁済にあたるとは認められないので、棄却を免れない。なお控訴人が被控訴人から前記弁済による給付の返還等を求め得る実体上の権利を有するなら、控訴人が被控訴人に対し別途これを訴求し得ることはいうをまたない。(入江菊之助 小谷卓男 乾達彦)